地方に下った藤原氏

中央の要職を藤原北家などが独占し、それら本流の出身者は地方官僚となると自分は都から離れずに代理人を送りこみ
中央での出世に励みました。

一方、藤原北家の傍流のものや、家柄や地位が低いものはその代理人となったり、苦労して地方官の地位を手に入れると、
自ら赴いて職にあたりました。

やがて任期がきても都にもどらずに、そのまま任務地に土着するものがでてきました。

地方での収入が良かったことや、地方では都の貴族として尊敬を集めることが出来たからです。

このことは藤原氏のみならず、源氏や平家、橘氏にも当てはまります。

これらの地方に下ったものたちは藤原氏の出であることを知らしめるために○○の藤原氏であるとか、「藤」の字を
名字につけてあらわしました。





     

官職名から興った名字

官職名からは以下の名字がおこりました

    斎藤    斎宮頭(サイグウノカミ)
              伊勢神宮に奉仕する、未婚の皇女を世話する役所の斎宮の長官
    工藤    木工助(モクノスケ)
              造営・材木の採集・神社用具の製作・職工の支配などを担当する木工寮の次官
    佐藤・左藤  左衛門尉(サエモンノジョウ)
            右衛門府とともに宮城諸門の警衛などをつかさどった役所の判官
    進藤    修理進(シュウリシン)
              木工寮の業務の内の造宮職を独立させた役所の従六位の役職
    内藤    内舎人(ウチトネリ)
              中務省の職員
    武藤    武者処(ムシャトコロ)
              院の御所警備の詰所
    首藤・主藤  主馬首(シュメノカミ)
            東宮に関わる馬、鞍具の類を担当する役所の長官





     

国名、地名から興った名字

国名、地名からは以下の名字がおこりました

    伊藤    伊勢国
    遠藤    遠江国
    加藤    加賀国
    尾藤    尾張国
    後藤    備後または肥後
    武藤    武蔵国
    須藤    下野国那須
    信藤    信濃国
    佐藤    下野国佐野庄





     

他氏との結合から興った名字

他氏との結合により以下の名字がおこりました

    安藤    安倍氏との結合
    春藤    春日氏との結合
    海藤     海部氏との結合
    江藤    安倍氏との結合





武士化した藤原氏

地方に土着した一族は、その地方の有力者との縁を結びなどして一大勢力となりました。

実力と出自を兼ね備え、富が集まり始めると、その富を守るために武力を備えて自衛するようになりました。

武士の誕生です。

そして自分の支配地域を明確にするために、名とよばれる領地の地名を名字にしました。

その名字が主従関係を通じて広められたり、一族の分裂や移住などによって他の地方におよんだりしました。

また、子供には家を継ぐ嫡男がすべての土地を相続し、分割することはしませんでした。

他の兄弟たちは独立分家し、本家の周りで新たに土地を開墾して、自らの領地とし、その開墾地の地名を新たに
自分の名字としました。

このようにしてその一族の領地は広がり、また新たな名字が生まれていきました。





現代の藤原さんは藤原氏の出か

藤原氏の祖である藤原鎌足は天智天皇から藤原の氏(ウジ)を賜りました。

鎌足は大和国高市郡藤原で生まれたか、居住していたのでこの氏を賜ったといわれています。

藤原の地名は全国にあり、藤原鎌足の藤原も地名から興った名字たなります。

武家の藤原氏は、さきにありますように○○の藤原氏の意味でとな、佐藤や伊藤と称しました。

一方、公家の藤原氏は後述しますが、二条とか近衛のように京の自宅の所在地名を称するようになり、
藤原とは名乗りません。

このように藤原氏からでた名字は、直接的に藤原の名字を使用することはありません。

現代の藤原さんは、ほとんどが各地の地名から出た名字というころになります。













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