名字と地名の関係

名字と地名には大変大きな関連が見られます。

平安時代はじめには有力農民が成長しました。

米の生産には多くの人手が必要で、生産の拡大に成功した農民は新しい農地を開発していきます。

そしてその新しい開発地に所有者の名をつけました。

これらの所有者の名を負った田を名田、その所有者は名主といいました。

名主は支配下の農民を率いてさらに周辺の原野を開発、名田を広げていきました。

名主たちは名田を守り、勢力を拡大するために武装し武士が誕生しました。

彼ら武士達は支配地域を明確にする意味を込めて、地名を名字として名乗りました。

その名字が主従関係を通じて広められたり、一族の分裂や移住などによって他の地方におよんだりしました。

また、子供には家を継ぐ嫡男がすべての土地を相続し、分割することはしませんでした。

他の兄弟たちは独立分家し、本家の周りで新たに土地を開墾して、自らの領地とし、その開墾地の地名を新たに
自分の名字としました。

戦国大名として有名な武田家、佐竹家、伊達家などの系図には次々と誕生した分家が、本家を中心として
一族で発展していったことがわかります。





名字が大きく増えたのは室町時代まで

前項のように名字が次々と生まれたのは室町時代までと思われます。

新しい開発農地が新しい名字を生み出すためには、開発できる土地が必要ですが、戦国時代も後期になると
全国に封建制度が行き渡り、新たに開墾し、その地名を名字とするような場所はなくなりました。

江戸時代になると土地は大名のものであり、勝手に開墾、所有するこは出来ません。

この時代に新しく出来た名字は、殿様から拝領したり、分家した時に本家とちょっと読みや漢字を変えただけの
名字ばかりです。

明治時代には戸籍制度が確立して、国民は皆ひとつだけの名字を持つことになります。

また、自分で勝手に名字を変えることも出来なくなりました。

現代のわが国で名字が増えるのは、帰化した方たちが創る新たな名字でしょう。





  

多い名字10位のうち 地名姓は九つ

名字ベスト10の内、地名姓でないのは一つだけ。

下記にありますように、二位の鈴木さん以外は地名からきた名字でした。


    1位  佐藤   地名姓、地名と職名の合成
    2位  鈴木   信仰からの姓
    3位  高橋    地名姓
    4位  伊藤   地名姓(伊勢)
    5位  渡辺   地名姓
 
    6位  斎藤    地名姓、地名と職名の合成
    7位  田中    地名姓
    8位  小林   地名姓
    9位  佐々木  地名姓
    10位 山本    地名姓

以上のことから、地名と名字の大きな関連がわかります。





     

古文書から見た地名と名字の関連

次に古文書から地名と名字との一致をみてみます。

    霊異記    九世紀初めに書かれた日本最古の説話集
              出てきた地名60に対して 名字43
    吾妻鏡    鎌倉時代に成立した日本の歴史
              出てきた地名1104に対して 名字936
    新撰姓氏録   平安時代初期に、嵯峨天皇の命により編纂された古代氏族名鑑
            出てきた名字536に対して 地名370
    寛政諸家譜   寛政年間に江戸幕府が大名・旗本の家譜を集めて編纂したもの
              出てきた名字1114に対して 地名991